檀れいの生い立ちと家族構成は?結婚の馴れ初めから離婚後も調査!

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こんにちは!

今回は、ご活躍中の檀れいさんの生い立ちや家族やその構成を調べ、更に檀れいさんの結婚の馴れ初めから離婚に至るまでと離婚後についてもここではお伝えしています。

最後までお付き合い頂けますようお願いします♪

 

檀れいの生い立ち

 

檀れいの幼少期

幼い頃は、引っ込み思案で、お母さんっ子だった檀れいさん。

お母さんと離れるを嫌がり、そのことで何度も保育園を休んだエピソードがあるぐらいお母さんのそばにいたかったようです。

幼稚園の学芸会で褒められて、人前に出て何かをすることに興味を持ったとと、映画を観て女優に憧れていた女の子だったそうです。

この頃の習い事は、ピアノと習字と云う情報があり、着物が好きで、正月三が日はずっと着物を着ているくらい好きな女の子だったみたいですね。

 

檀れいの小学校時代

檀れいさんが通った小学校や小学校時代のエピソードは、公開されていないようです。

 

檀れいの中学校時代

檀れいさんが通っていた中学校は、「温泉町立温泉中学校(おんせんちゅうがっこう)」でして、2005年に閉校しているようです。

現在は、新温泉町立夢が丘中学校になっています。
参考元:https://omoide.sijisuru.com/

中学生の時に好きな男の子に自分から告白をした檀れいさんのエピソードがあります。

あまり自分から発言しないと云われている檀れいさんですので、このエピソードは、きっと勇気を振り絞って告白したのではないでしょうか?

 

檀れいの高校時代


檀れいさんの出身高校は、兵庫県立浜坂高等学校(ひょうごけんりつ  はまさかこうとうがっこう)で、偏差値は43(執筆時点)。

Googleマップを見ると、檀れいさんが通っていた中学校が近いことから、檀れいさんの家はこの高校の近くだったのでは?そして、家から近い高校に入学したのかな?と私は思いました。

 

浜坂高校でソフトボール部で汗を流しながら、同時にファンション誌の読者モデルをしていた檀れいさん。

この頃に、未来は人前に立つ仕事をしようと思ったようです。

大学受験を考えていたそうですが、自分は何がやりたいのかを考え、その結果、宝塚を目指すことにしたそうです。

 

檀れいの高校卒業後

 

高校を卒業した檀れいさんは、大学には進学をせず、宝塚音楽学校に入学しました。

3ヶ月の準備で宝塚に見事に入学を果たした檀れいさんでした。

 

 

檀れいさんの経歴やプロフィールは、以下をご覧くださいね。

 

檀れいの実家は5人家族で父・母・れい・妹・妹の構成

 

檀れいさんには、実父と継父がいて、3姉妹の長女と云われています。

檀れいさんの母親は、幼い頃に祖父母と養子縁組をし、後を継ぐことになりました。
祖父母に養子縁組をした母親と結婚した実父は婿養子になります。

 

檀れいの実父

 

檀れいさんは、実父と何十年もの間、絶縁状態が続いていると云われています。

 

実父との絶縁の原因は、檀れいさんの技能界入りを猛反対したからだとかが云われていますが、そのことも含め幼い頃からいろいろあった感情が積み重なった結果なのではないでしょうか。

実父と母親が離婚する前から仲が悪かったと云われていますし、血が繋がっていても「仲良し」というワケにはいかないですものね。

 

檀れいさんが、宝塚音楽学校に入学した頃に、実父と母親が離婚したようです。

 

檀れいの継父

檀れいさんが宝塚音楽学校に合格した頃、母親は妹たちを連れ、京都に住む男性のところへ駆け落ちしたそうです。

駆け落ちした男性が、母親と再婚し檀れいさんの継父になりました。

継父のことを檀れいさん曰く、「家族思いで、家族に何かあれば命がけで守ってくれるような人だった」とのこと。

良い継父だったようで、本当の父として慕っていたようです。

檀れいさんの実際の出身は兵庫ですが、檀れいさんは、ご自身の出身を京都と言っているそうですので、京都の生活が幸せだったのでしょう。

 

継父は2004年9月・檀れいさんが33歳になった頃に交通事故で他界しました。

 

檀れいの母親


婿養子との結婚の破綻の原因になったのは、継父となった男性から持ちかけられた投資が失敗してしまい財産を失ってしまったことだそうです。

それを知った婿養子は激怒し、離婚することになったとか。

母親は、檀れいさんと姉妹を連れて家を出て、京都住むことになったのでした。

そして、投資を持ちかけた男性と再婚しました。

当時の再婚相手は、事業に失敗し借金だらけで生活は大変だったそうで、檀れいさんは、宝塚で稼いだお金を借金返済のために当てていたとも云われています。

 

ここで登場した「婿養子」は檀れいさんの「実父」で、「継父となった男性」は檀れいさんが慕っている「継父」になります。

先にも申しましたが、檀れいさんは継父を慕っており、継父が他界する前までは、母親と継父は檀れいさんが住んでいる近くで暮らしていたそうです。

檀れいさんは、檀れいさんの離婚直後から東京都内で母親と同居していると云われています。

 

檀れいの兄弟・姉妹

 

檀れいさんには妹が二人いるようです。

京都に引越しをしてしばらくしてから結婚し、家を出たと云う情報があります。

後、檀れいさんの「姉妹ではないか?」「親戚ではないか?」と云われている壇蜜さんや檀ふみさんとは、赤の他人で血縁関係はないようです。

 

檀れいの結婚

檀れいの結婚相手

 

檀れいさんの元旦那になった方は、及川光博さんでした。

ここで、及川光博さんについて少しだけどんな方なのか簡単なプロフィールと経歴でお伝えします。

生年月日:1969年10月24日

出身:東京都

1996年:シングル『モラリティー』でアーティストとしてデビュー

1998年:ドラマ『WITH LOVE』で俳優活動をスタート

以後、アルバムリリースや毎年全国ツアーを行うとともに、ドラマ、映画、CM等でご活躍中

 

にわとりちゃん

えっ・・及川さんはこれだけ?簡単すぎない?

うさちゃん

そう。ここは檀れいさんのことについてだから、元夫についてはそれだけ♪

 

檀れいが受けたプロポーズは「BKBN」

及川光博さんが檀れいさんにしたプロポーズの言葉は、「僕の(B)帰る(K)場所に(B)なって(N)」とテレビでその言葉を公開しました。

参考元:2016年放送Good Time Music

 

檀れいの結婚式

檀れいさんと及川光博さんは、結婚式や披露宴などはしていないようです。

2011年7月27日に都内区役所へ婚姻届を提出し、所属事務所を通じて連名でコメントしたお二人。

以下は、その時のコメントの全文です。

いつもご指導とご厚意をいただき、誠にありがとうございます。
さて、突然ではありますが、報告をさせていただきます。
前触れもなくこのような形での発表をどうかお許し下さい。

私共、及川光博と檀れいは7月27日に入籍を致しました。

2009年の晩秋、ドラマでの共演をきっかけに知り合い、その後交際に発展し、約1年を経てこの度の運びとなりました。

互いに人生の半分ほどを生きて、いよいよ後半戦に突入…
そんなタイミングでのめぐり逢いに、運命的な引力を感じました。
やがてそれはゆっくりと確信に変わっていき、
“結婚”という選択肢を意識せざるを得なくなりました。
二人で慎重に考え、話しあって辿り着いた結論です。

なお、現在妊娠はしておりません。
また、現時点で、挙式・披露宴・記者会見は予定しておりません。

今後は、支えあい、高めあって、笑顔で歳を重ねていけるよう努力してまいります。
もちろん、俳優・女優として、またミュージシャンとして、より一層の努力をしてまいりますので、どうかあたたかく見守っていただきますよう、心よりお願い申し上げます。
及川光博
檀 れい

コメント引用元:https://beauty.oricon.co.jp/

 

檀れいに子供はいる?


結論から申しますと、いないが答えになります。

檀れいさんと元夫の及川光博さんの間には、子供は出来なかったそうです。

 

檀れい・結婚に至るまで

 

そもそも檀れいさんと及川光博さんの結婚まで至ったのは、何がきっかけだったのでしょうか?

 

檀れいと及川光博の馴れ初め

檀れいさんと及川光博さんが出会ったのは、2010年放送のテレビドラマ相棒 season8 第10話での共演がでした。

この共演が出会ったきっかけとなります。

及川光博さんは、昔からの宝塚ファンと云う事もあり、少しずつ元宝塚の檀れいさんとの距離を縮めていったと噂されています。

1度破局したお二人でしたが、東日本大震災と水谷豊夫婦が関係したことで、再交際がスタートし、結婚に至りました。

 

檀れいが及川光博と再交際したきっかけは東日本大震災


引用元:Googleサーチ

女性セブン2011年8月18日号の記事を紹介いたします。

兵庫県出身の檀れいさんは、阪神・淡路大震災を経験していて、トラウマになっていた。
東日本大震災で多くの人々が亡くなるのを目の当たりにして、涙が出るほど、不安だった。
そんな檀れいさんに優しく“ぼくが君を守る”と、そばに寄り添ったのが及川光博さんだった。

このことがきっかけとなりお二人は再交際をスタートしたと云われるようになりました。

檀れいさんの公式サイトで結婚を報告した際に、及川光博の人柄を魅力に感じたことも報告をしていました。

上記のことがあり、檀れいさんの心にしっかりと及川光博さんの存在が刻まれたのかもしれませんね。

 

及川光博が檀れいと結婚に影響した夫婦

及川光博さんは、元々結婚を考えていなかったと云われていますが、及川光博さんと共演していた水谷豊さんとその妻・伊藤蘭さん夫婦をみて結婚を考えるようになったとか。

週刊ポスト2011年8月12日号の記事を紹介します。

水谷豊さんと伊藤蘭さんとの夫婦関係を見て、こういう生き方もいいなぁと思った

 

水谷豊さんが、結婚の後押しをしたとも云われています。

 

それから檀れいさんと及川光博さんは、再交際を始めて2011年7月27日に結婚したのでしたが、この7年後に離婚することになります。

 

檀れい・離婚のコメント

 

2018年11月28日に書くメディアに、檀れいさんと及川光博さんが離婚を報告しました。

以下でのそ離婚コメントをお伝えします。

出会いから9年、2011年7月に夫婦となってから7年間、共に学び、支えあい、仲良く過ごしてまいりましたが、互いが仕事に集中するあまり、時間的にも精神的にもゆとりが持てなくなってしまったのが実情です

 

にわとりちゃん

お互い、多忙すぎたことが離婚の原因なんだ~。

うさちゃん

多忙すぎて、お互いのことを”思う”余裕がなくなっていたようね。

 

檀れい・離婚の原因

 

檀れいさんと及川光博さんの結婚生活は7年ほどで終わりを告げてしまいました。

理想のカップルだったお二人が離婚に至った理由や原因は何だったのでしょう?

 

離婚原因①:及川光博の浮気報道

1回目の浮気報道は、2012年8月30日発売の週刊誌女性セブンにスクープされました。

及川さんが女性と相合い傘をしていて、及川さんの左指の指輪が外されていたと云う旨の内容。

 

2回目の浮気報道は、週刊ポストセブン2013年9月13日号で記載されてしまいました。

飲んでいた及川さんと水商売の雰囲気を漂わせた着物姿の女性と一緒に飲んでいた旨の内容でした。

1回目は、スタッフの一人だったそうで、2回目は数人とお酒を飲んでいたそうです。

 

にわとりちゃん

何でもないことを記事にされたような感じがするわぁ~

うさちゃん

火のない所に煙りを立たせるって感じですかね♪

 

離婚原因②:子供がいない

檀れいさんと及川光博さんの間に子供がいないことが原因だと一部で云われているようです。

噂では、檀れいさんは流産したとか、不妊治療をしていたなど流れていますが、あくまで噂です。

お二人が結婚した歳は、檀れいさんが39歳で及川光博さんが42歳。

実際はどうだったかお二人がお話になっていないので、噂が流れたのだと思いました。

 

離婚原因③:檀れいの母の介護

檀れいさんは、檀れいさんのお母さんの介護を自らしていると云われています。

結婚当初の及川光博さんは、檀れいさんの母親の面倒を見ると約束をしていたと云われていますが、及川光博さんと檀れいさんの母親と性格が合わなかったそうで、その約束は反故になってしまったとのこと。

檀れいさんの母親との同居をかなり拒んでいたとも云われています。

お母親との同居ができないため、7年の間檀れいさんは、母親の家と自分の結婚生活・2つの家を行ったり来たりしていたそうです。

仕事・妻・親の介護と大変な7年間だったのではないでしょうか?

 

にわとりちゃん

「別居状態」などと噂が流れたのは、こんな事情だったからなのね・・・。

 

檀れいの離婚後

 

2019年10月7日の週間女性PRIMEでは、このお二人は離婚後も仲が良く、

及川光博さんのライブのリハーサルに檀れいさんが差し入れをしているとか、及川さんの体調に今でも気配りをしている旨の内容が記事になっていました。

及川光博さんに付いては、檀れいさんのレシピ通りに作っている「※甘酒」を今でも飲んでいるとのこと。

※「甘酒」については以下の「檀れいの関連記事」をお読みくださいませ♪

 

夫婦でなくなっても仲は良いようですね。

 

 

 

おわりに

今回は、檀れいさんの出身校を紹介しながらの生い立ちと家族構成などを紹介し、結婚する馴れ初めから離婚後までをお伝えしました。

今回、檀れいさんを調べ、檀れいさんに対するイメージが変りました。

調べる前は、良いところのお嬢様で、苦労なく育ったって感じでしたねぇ・・・。

 

檀れいさんご自身が、その都度、その都度に選択をした結果って感じもします。

これからも末永く、ご活躍をと思います。

 

お付き合いを頂きまして、ありがとうございます。

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1 個のコメント

  • 宝〇は合格ラインギリギリの受験生には裏でお金を請求しているが、もちろんこの方も…。まあ10人に10万円ずつで100万なのだが宝〇自体が授業料無料だし大学行かせると思えば親は払います。さらにウチの娘は宝〇にいるとなれば親は周りに自慢出来ますし。
    また別の話だが卒業公演に高校の担任だったN先生達がかけつけるが、楽屋挨拶も断られ完全無視。高校時代の恩師で評判のいい先生だったが兵庫の田舎とは完全に縁を切りたかったようだ。私の担任でもあり、やっと俺の教え子から有名人が出たと喜んで授業中に名前の入ったステッカーなどを見せてくれたが、事実を知ると檀れいは先輩だが好きになれない。温〇町で後援会作ろうと許可を取りにいくが断られ、プロフィールは京都出身。
    という話を聞きました。

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    あんび

    こんにちは! あんびと申します。 犬が好きすぎて数頭のわんこを保護し、 ペット看護師の資格とペットセラピストの資格も取得して、 犬のために生きているような日々を過ごしているおばちゃんです。 こんな私ですが、よろしくお願いします。