福澤達哉のプロフィールや経歴は?子供の頃から目指していた職業も!

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こんにちは!あんびです。

今回は、アウトサイドヒッターでご活躍中の福澤達哉選手について紹介したいと思います。

福澤選手と云えば、抜群の跳躍力を活かし高い打点でのスパイクが、魅力的だと思っています。

そのスパイクの時の私は呼吸を忘れて見入っています(笑)

 

福澤選手が2021年7月14日に引退されましたので、そのことを追記いたしました。

 

福澤達哉のプロフィールや経歴

 

福澤達哉のプロフィール

名前:福澤達哉(ふくざわ たつや)

生年月日:1986年7月1日

:33歳(2020年5月時点)

出身地:京都府京都市

身長:189cm

体重:88kg

血液型:B型

小学校:京都市立下鳥羽小学校

中学校:京都市立伏見中学校

高校:洛南高等学校

大学:中央大学法学部(指定校推薦)

所属:パナソニック・パンサーズ→2019/20シーズンPARIS VOLLEY

愛称:タツヤ・たっちゃん・ふくちゃん

バレーボール界でのニックネーム:鳥人・空中の支配者

ポジション:アウトサイドヒッター

最高到達点(指高):355cm(245cm)

引退2021年7月14日

※福澤達哉選手の球歴と海外移籍については 、パナソニック・パンサーズの公式ページでご確認くださいませ。

 

福澤達哉のバレーを始めたきっかけと経歴

福澤選手は、お兄さんの影響で小学校からバレーを始めたそうです。
小学4年から始めたバレーは、中学生になっても続け、学校の成績もオール5と文武両道の学生でした。

洛南高等学校に進学。
大学は中央大学法学部に進学しますが、指定校推薦と云われているから驚きです!

2019年度の偏差値ですが、洛南高校は偏差値が71 – 74で、中央大学法学部は62.5・・・!!
世の中にはこんな方がいるんですね~
イケメン、高身長・とびっきりの秀才・日本代表の選手。
どんだけすごいの~って感じです!!

そして大学1年生の時に全日本代表に選出され、2005年のワールドカップで日本代表デビューし、大学4年生の時には盟友の清水邦広選手と北京オリンピックに出場したのです。
この時に福澤選手と清水選手はかなり注目を浴びました。
それはこの両選手が最年少でオリンピック出場を果たしたからです。

2018年に大学を卒業した福澤選手はパナソニック・パンサーズに所属しますが、内定選手になっていたそうですよ。

それから数々のご活躍をし、色々な賞も受賞されています。

 

桜の花が満開のようなバレー人生を送っていると思ってしまう福澤選手ですが、

「先が見えないし、『今年で終わりかな』」と引退を考えたことがあるそうです。

それは、大学4年時に北京五輪に出場を果たした後に、切磋琢磨し、共に成長を続けていた清水邦広選手と共に日本代表のエースとして2012年のロンドンオリンピックと2016年のリオデジャネイロオリンピックを目指しましたが、出場はできませんでした。

2016年のリオデジャネイロオリンピックの最終予選後、目標を失い「先が見えないし、『今年で終わりかな』」と現役引退を考えたとのこと。

そんな時に盟友の清水選手から「一緒に東京五輪を目指そう」と一言が・・・
清水選手のその一言が、福澤選手がバレーを続ける覚悟を決めたと云われています。

そして、福澤選手と清水選手の合い言葉が「オリンピックに、現地集合」だそうですよ。

2019年には再び日本代表に選出されています。

 

福澤達哉の海外リーグとの契約や移籍

 

福澤選手の海外リーグ編を簡単にまとめてみました。

福澤達哉の移籍先:マリンガ(Maringa)

福澤選手はブラジルのプロのバレーリーグへ2015年7月~2016年3月の間、期間限定で移籍していました。

 

「ブラジルぅーーー?!」って思いませんか?

男子バレーボール=ブラジル最強のイメージがある私で、日本の選手がブラジルに移籍することにびっくりしてしまいました。

以下は、福澤選手のブラジルから日本に帰国した後のコメントです。

『覚悟』を持って戦うことの大切さをすごく感じました。
『覚悟』さえ自分の中でしっかりできていれば、どんなに厳しい状況に置かれても、決して逃げることなく、最後まで諦めずに戦い抜くことができる。
その姿勢こそが、結果を呼び込むために一番大事なことなんだと学びました。

ブラジルで得た多くの経験を武器に、自分の歩んできた『道』を信じ、 絶対に結果を残すという『覚悟』を持って、最後まで全力で戦っていきます。

一部引用元:https://panasonic.co.jp/sports/volleyball/diary/20160331.html

辛い状況の時にこのコメントを思い出している私です。
「結果を呼び込むために一番大事なこと」を私は福澤選手から学びました。

 

パリ・バレー

 

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*** I love my team🇫🇷 @parisvolley I came back to Japan safely.🇯🇵 The league was suspended. I don’t know yet we will be able to restart or not. I wanted to play with this great team until the end,though I know it’s probably not possible. The whole world is in chaos by Corona virus. The situation will be changed day by day.. I hope things will be fine as soon as possible🙏 #リーグ中断 #ひとまず日本に無事帰国しました #コロナウィルス #世界中が混乱 #多くの人が終息に向けて努力している #こんな時 #アスリートにできることはなんだろう #2週間自宅待機 #この期間に自分なりに答えを見つけたいと思う #でもこれだけは言わせて欲しい #バレーボールさせぇ #チャオ

🇯🇵Tatsuya Fukuzawa1️⃣5️⃣(@1tatsu5)がシェアした投稿 –


 ※英語は以下で訳しています。

ワールドカップバレー2019で活躍した後、フランスに旅たっだ福澤選手でした。

フランスでの移籍先は、パリ・バレー(Paris Volley)で、1998年に創設された男子バレーボールクラブ。
このチームは安定した強さを発揮しているらしく、Wikipediaによると、パリ・バレーは、フランスリーグで2000年~2009年までの間で、2004年と2005年以外リーグ優勝しているチームだそうです。

2019年10月21日にフランスに旅だった福澤選手ですが、世界中に新型のウイルスが流行ったため日本に帰国したのでした。

現時点(2020年5月)では、この先のことは分かっていません。

 

※インスタの訳
無事に日本に帰ってきました。
リーグは中断され、再スタートできるかどうかはまだわかりません。
最後までこの素晴らしいチームとプレーしたかったのですが、それはおそらく不可能だと思います。
全世界がコロナウイルスによって混乱しています。
状況は日々変わりますが、一日も早くよくなればと思っています。

 

福澤達哉の引退

福澤選手の引退するきっかけとなったのは、2021年6月21日に発表された東京五輪メンバー12人の中に、福澤選手の名前はなかったことだそうです。

現役引退を発表した福澤選手ですが、今後はパナソニックでスポーツや海外での経験を生かして活躍していくとのことです。

 

福澤達哉の引退のコメント(全文)

出典:Twitter/パナソニック パンサーズ公式

 

いつも多大なるご支援とご声援ありがとうございます。
ご存知の通り、私の力及ばず東京オリンピックのメンバーから落選しました。
これにより自身のオリンピックへの挑戦が終わり、清水(邦広)との約束である『現地集合』を叶えることはできませんでした。勝負の世界がシビアなことは誰よりも理解していますが、正直、まだ完璧に気持ちの整理はできていません。
東京五輪を目指すと心に決めてから、一年一年勝負を仕掛け、常にベストの選択をしてきました。結果に対する悔いは残っても、それまでの過程でやり残したことはありません。
私の思いは、共に同じ道を歩んできた清水に託しました。これまで数多くの困難を乗り越えてきた彼なら、必ずやってくれると信じています。

そしてもう一つ、お伝えしないといけないことがあります。
非常に難しい決断ではありましたが…
私のバレーボール選手としての挑戦はここで終わり、現役を引退することにしました。
競技をはじめてから約25年。
紛れもなくバレーボールは私の人生そのものでした。
これまでの過程において、何事にも代え難い貴重な経験を積むことができました。
現役を終える最後まで、日本代表選手として世界と戦い、引退出来ることも誇りに思っています。

もう一度パンサーズで戦う姿を期待してくださっていた皆様。
その期待に応えることができず申し訳ありません。
パンサーズではかけがえのない仲間と出会い、彼らと共に輝かしい成績を残すことができました。
また、自身の目標とそれに向かうロードマップについて、きちんと耳を傾けて理解してくださり、ブラジルリーグやフランスリーグへの3度にわたる海外挑戦を、全力でサポートしてくれました。
非常に恵まれた環境で、バレーボールをさせていただき、選手としても人としても大きく成長できました。パンサーズは最高のチームです。このチームでなければ、今の私はいないと思います。

これからもパンサーズが日本のトップを走り続けられるように、熱い声援をどうぞよろしくお願いいたします。
今後はバレーボールの世界と少し離れ、次なる目標に向けて新たな挑戦をしていくことになります。
バレーボールを通して得たかけがえのない経験、共に戦った仲間、そしていつも背中を押してくれたファンの皆様。この大きな財産を持って、これからも自分らしく、常に前を向いて、自分の限界に挑戦し続けたいと思います。

これまで私を支えてくれた皆様方。
本当にありがとうございました。
最高のバレーボール人生でした。

引用元:福澤選手の引退のお知らせ | ニュース | バレーボール | パナソニック スポーツ | Panasonic

 

福澤達哉の五輪の歩み

2008年北京五輪:日本チーム出場
大学4年の時に出場したが、1戦も勝てず悔しい思いをし、次回のオリンピックに繋げようとした。


2012年ロンドン五輪:日本チーム出場できず


2016年リオデジャネイロ五輪:日本チーム出場できず

引退を考えるが、盟友・清水選手からの「もう一回やろうや」の言葉でもう一度やろうと決心する


2020年東京五輪:日本チーム出場
出場メンバーから落選

福澤選手曰く、「ゴールに向かって一生懸命走ってきたけど、最後の最後でつまずいてしまった、という感覚」とのこと。

※2020年の東京五輪について:実際は2021年に開催。コロナで2020年開催が2021年延期された

 

まるっとあんび

福澤選手の引退をTwitterで知ったんだけど、なんか悲しくて・悲しくて・・ここでお知らせすることをためらっていた1ヶ月ちょっとでした。

もしかしたら、「引退はなし!」になると期待していたのかもしれまん。

福澤選手の引退についての追記は2021年7月24日にいたしました。

「福澤達哉の引退」の参考元:Yahoo!ニュース2021年7月23日配信

 

くまこちゃん

次のページは、福澤達哉選手の目指していた職業やご家族のことを画像を交えて紹介しています♫

 

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こんにちは! あんびと申します。 犬が好きすぎて数頭のわんこを保護し、 ペット看護師の資格とペットセラピストの資格も取得して、 犬のために生きているような日々を過ごしているおばちゃんです。 こんな私ですが、よろしくお願いします。