ミドルブロッカーの高橋健太郎選手のブロックで有名なのが、2022年ネーションズリーグの日本VSドイツ戦の「片手ブロック」ではないでしょうか。
あの試合は、ブロックだけで6得点しスーパーなブロック技に興奮した方が多いハズ。
高橋選手は、中3の時に肘の不都合で甲子園を目指して頑張っていた野球を止め、高校でバレーボールを始めたんだとか。
若い頃はやさぐれる感じになったこともあるようですが、アスリート人生を歩みだしてからは、体に意識を向け、食事面とトレーニングをコツコツとしている高橋選手。
そんな高橋健太選手の座右の銘は「凡事徹底(ぼんじてってい)」で、今の高橋選手って感じ。
ここでは、スーパープレイヤーの高橋選手のバレーの歩みを紹介します。
この記事は、旧記事「高橋健太郎(バレー )の出身校は?プロフィールや経歴も調査した!」を2023年6月に現在のタイトルを変更し、記事をリニューアルしてお届けしていますが、
この記事でお伝えしていることは執筆時のものであり、現在では異なる場合がありますのであらかじめご了承の上、お読みくださいませ(♡ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
また、情報に誤りがあった場合など、ご指摘いただけると幸いです。
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目次
高橋健太郎のプロフィールと略歴

出典:ぼーちゃん@VsuBaiVbilMJulx
高橋健太郎のプロフィール
生年月日:1995年2月8日
年齢:28歳(2023年6月時点)
出身地:山形県東置賜郡川西町
身長:201-202cm
体重:93kg
血液型:A
利き手:右
所属 東レアローズ
愛称 ケンタロウ
ポジション:ミドルブロッカー(MB)
指高 260cm
最高到達点:361㎝
高橋健太郎の略歴
2012年:全日本ユース代表選出
↓
2013年:筑波大学入学
↓
2014年:全日本メンバーに登録/COREにも選出
↓
2014年:ワールドリーグメンバーに選出
↓
2015年:「NEXT4」の一員に指名
↓
2015年:ワールドカップメンバーに選出
↓
2017年:東レアローズに入団
↓
2019年:ワールドカップメンバーに選出
高橋健太郎の学歴
川西町立犬川小学校
↓
川西町立川西中学校(川西町立第一中学校・川西町立第二中学校・川西町立玉庭中学校)
↓
米沢中央高等学校
↓
筑波大学
高橋健太郎が野球を始めた幼少期~小学時代

出典:高橋健太郎Instagram
幼稚園時代の高橋選手は、平均的な身長で、外で遊ぶのが大好きな男の子だったようです。
幼少期から父親とキャッチボールをしていたそうで、小3になると犬川マラソンスポーツ少年団に所属し、朝5時に起きては6時から始まる練習に参加していたのですが、ピッチャー担当の高橋選手は脱臼骨折を経験したようです。
スポーツが得意だった高橋選手は、野球のほかのスポーツでも活躍していたようで、小6の時は陸上の100㍍競技で県大会に出場したり、スキーは指導員になれるくらい上手かったとか。
当時習っていたそろば先生がその頃の高橋選手を「昔で言うガキ大将」だったと言っていたほどお元気なお子様だったようです。
高橋健太郎がプロ野球選手になる夢を断念した中学時代
昨日は川西町あいぱるにて会議でした✨私の母校、旧川西町立第2中学校です🍀*゜
たくさんの方との交流の中、懐かしさと共に、川西町の素晴らしさ、魅力を改めて心に身体に感じた1日でした❤
益々の川西町の発展をお祈りしています🙏#川西町 #母校 #あいぱる #フレンドリープラザ #笑いヨガ #内山弘子 pic.twitter.com/4Vvocp9eQy— ★笑いヨガティーチャー★内山弘子 (@hir0k000) February 23, 2023
中学に進学した高橋選手は、プロ野球選手になることを夢見ながら野球部に所属し、ポジションのファーストでご活躍されていました。
イチロー選手に憧れ、オリックス時代のイチロー選手の51番のユニフォームを父親に買ってもらったそうです。
そんな高橋選手でしたが、中3の時のヒジの脱臼で野球を断念しなければならなくなったのでした。
脱臼骨折をした小学時代の時に骨折は治したそうですが、脱臼していることに気が付かれなかった為、脱臼の治療はされなく、それが原因になったのこと。
高橋健太郎がバレーボールを始めた高校時代

出典:ログアウト@_____ejk
高校に入学した時に、当時の男子バレーボール部の顧問の目に留まり、バレーボールを勧められたことで入部したそうですが、短パンの短さに驚愕した高橋選手だったようです。
ですが、1ヶ月過ぎる頃には「女子にモテなさそう」と言う理由で、退部しようとしそうですが、ママさんバレーをしていた母親から説得され残ることにしたんだとか。
しかし「女の子にモテなさそう」と言う理由から1ヶ月で退部しようと思っていたと言う高橋健太郎選手。
高2からは山形選抜に選ばれて国体に出場し、高3には選抜のほかにアジアユース選手権の日本代表に選出されご活躍。
高橋健太郎が「NEXT4」のメンバーになりチヤホヤされた大学時代

出典:
まかしくん@SHIKAMA06
大学に進学してもバレーを続けた高橋選手ですが、大学1年は世界ジュニア男子選手権に出場し、大学2年は、東京オリンピック強化指定選手「Team CORE」に選出された他にアジアジュニア選手権大会にもスタメン出場しています。
この頃は、『NEXT4』という日本代表若手バレーボール選手のユニットにも選ばれたこともあり、チヤホヤされるようになったとか。
大学3年の時には、日本代表に選出され、ワールドカップの選手に選ばれ、メジャー三大大会デビューを果たした高橋選手でした。
そんな高橋選手をVリーグが放って置くことはなく、2016年10月に東レアローズに入団することが発表されたのでした。
高橋健太郎がチヤホヤされ勘違いした時代
イケメンで高身長な高橋選手を”アバクロ”がモデルにスカウトしたそうです。
高橋選手が”アバクロ”で買い物をした事がきっかけでした。
高橋選手はその買い物中に次々に洋服を着せられ「似合います。モデルやりませんか?」とお声掛けされたんだとか。
その時の高橋選手は「NEXT4」のメンバーに選ばれチヤホヤされていた時期で、「良い物を持ちたい欲」が強く、かっこつけたい気持ちもありそれを引き受けたそうです。
当時を振り返った高橋選手は「勘違いしちゃったんでしょうね」とインタビューで答えていました。
テレビに出演したりすることが単純に嬉しかったんだって。
高橋健太郎が石川祐希にバカにされ始めた大学時代

NEXT4の雑誌の対談で、石川祐希選手が高橋選手に話しかける時は「オイ」だそうで、その他に石川選手からの当たりが強いくなっていたそうです。
高橋選手が石川選手に「先輩に”オイ”から話しかけるヤツがどこにいるんだよ笑」と。
石川選手は番組「アタックNo.1」で、高橋選手をバカにしていると言っていたとかいないとか 笑
詳しくは以下をお読みになってくださいね♪(上の画像をポチっても記事にジャンプします)
>>【男子バレーボール】石川祐希&柳田将洋の仲良しな関係を紹介!高橋健太郎との関係も!
高橋健太郎の覚醒したアスリートの歩み
「もう全部終わった」失意の東京五輪落選を救った妻の言葉…“日本のミドル、なめんなよ” ブラン監督も絶賛する202cm高橋健太郎のブロック(田中夕子)#バレーボール #volleyball #龍神NIPPON #高橋健太郎 #VNL https://t.co/RlTqQBeExL
— Number編集部 (@numberweb) July 12, 2022
東レアローズに入団した頃の高橋選手は110㎏あったそうですが、これは筋トレ好きな高橋選手が大学時代に肥大化させてしまったからなんだからそう。
入団後は、1年かけて93㎏まで体重を落とし、体を軽くしたそうな。
大学時代にチヤホヤされ勘違いしてしまった高橋選手は、社会人になるとご自身のビジュアルから体に意識が向かうようになり、自分の体に責任を持とうと決意したんだとか。
いつも陽気で明朗快活な高橋選手ですが、繊細で悩み始めたらとことん落ちる反面もあり、打たれ弱い部分もあったのですが、その都度這い上がっていたそうで、それは東京五輪に出場することを信じていたからだそうです。
ですが、現実は残酷で2021年ネーションズリーグ開催中の6月21日に発表されたメンバーの12人に高橋選手の名前はなく、それは東京五輪の最終選考を兼ねていたため、「落選」という意味になるのでした。
その発表を知った高橋選手はしばらく放心状態になり「もう全部終わった」と思っていたそうです。
その後は、ネーションズリーグの最中であるにも関わらず練習に一切参加しなくなり、アジア選手権に招集されても断っていたそうな。
ネーションズリーグが終わり、自宅に帰宅すると「もう辞める」と両親や妻にバレーを引退することを伝えると、妻は「別にそれが人生のすべてじゃないでしょ。選ばれなかっただけ。成長しているのにもったいないよ。このまま辞めたら、絶対に後悔して、文句を言う姿が目に浮かぶ。本当にこのまま何も残らなかった、って思うだけでいいの?」と言われ、ハッとし「このまま終わったら、本当に負けて終わりだ」と思った高橋選手でした。
その後は、食事を見直し、徹底的に身体を作り直そうとトレーニングに励んだそうです。
それと同時にブロックの感覚をつかもうと模索していると、元日本代表ミドルブロッカーの富松崇彰選手からアドバイスを受け、高橋選手のブロックパフォーマンスが炸裂したのでした。
2022年ネーションズリーグの日本VSドイツ戦の「片手ブロック」が有名ですが、その時は両チーム最多の6本のブロック得点を叩き出し偉業をなした高橋選手だったのです。
覚醒した高橋出選手を「2年前には考えられないことでした」とブラン監督もビックリなよう。
高橋選手曰く、「気にするところが違った。周りからどう見られているのかということばかり気になって仕方なかった。でも今はすごく充実しててバレーボールに取り組めているから、周りのことはどうでもいい。」と。
今はバレーボールが楽しくなったとか。
「できない、できない」ではなく、「1本できた。また次もできた」と小さな変化や手応えを楽しみ、それが自信に繋がると。
以前は目も合わせなかったブラン監督が、高橋選手の目を見ながら細かく確認してくれるようになたんだとか。
おしまい♪
今回はこの辺で終わりますが、覚醒した高橋選手のご活躍はまだまだ続きますので、追記をしていく予定でいます。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
この記事の参考元:米沢中央高等学校2019年10月21日・人物辞典・バレーボールマガジン2021-12-16 ・バレーボールマガジン2021-03-28 ・バレーボールマガジン22019-03-29・バレーボールマガジン2016-10-17・ Number Web -2022/07/13・ Number Web -2018/08/22・livedoor2019年2月17日・日刊スポーツ2015年4月21日・web Sportiva2020.05.18・web Sportiva2015.09.18・ほか
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